やっと春が来た感じがするね、と、彼女が言う。

休み明け、久しぶりに会った彼女は、顔半分を白いマスクで覆っていた。

今年から花粉症デビューなの と、少しくぐもった声でこたえる。

彼女のマスクは、顔にぴったりと張り付いていて、顔の輪郭までくっきりと浮かび上がらせている。

彼女が言葉を口にするたびに、マスク越しに浮き出た柔らかな曲線がぱくぱくと形を変える。

そんな彼女の姿に目を奪われていると、

なに?わたしの顔になにかついてる? と言いながら、覗き込むように顔を近づけてくる。

彼女の熱と香りが伝わるくらいの距離。

少し恥ずかしくなって、

変なマスクだね、というと、彼女は一瞬、なにを言ってるのかわからないような顔をする。

なにそれ~、意味わかんない。

そう言うと、彼女は僕に背を向けて歩き出す。

それを、つかず離れず、ゆっくり歩を合わせる。

・・・・・・ねぇ

今から変なこと訊くけど、いいかな

彼女は突然歩みを止めると、そんなことを言う。

後ろ姿、その声色からは彼女の気持ちは読み取れない。

わたしのマスク・・・・・・触ってみたい?

彼女はこちらに背を向けたまま言う。

今日、彼女に会ってから感じていた熱。

胸にこみ上げてくる高揚感。

それは子供の頃に感じた、宝物を見つけたときの高揚感に似ているようで、違う。

思考がたちゆかない中、思わず口からこぼれてしまった言葉は・・・・・・。




優しく触ってね?壊れちゃうから。

桜色と言うには、真っ赤になりすぎた彼女の顔。

白いマスクに覆われた部分が際立って、マスクをしていることを強く意識させられてしまう。

マスク越しに浮き出た、素顔とは違う独特の造形。

まるではじめて心を許した相手に、自分の大切なところを触らせるかのように、

こちらの手をとり、ゆっくりとぷっくりと浮き出た柔らかそうなそれに近づける。

んっ・・・・・・。

触れた瞬間、漏れる僅かな吐息。

さらさらの絹のような感触の下に感じる肉感。

それは初春の少しひんやりとした風のような冷たさに似ていて、

けれども、唇に触れるところは吐息で熱を帯びていた。

彼女はそのまま僕の手を使って自分の唇を優しく愛撫する。

誰もいないお昼の公園のベンチで向かい合って、マスク越しに触れ合っている。

わたしたち、なにやってるんだろうね。

そう言いながらも彼女は手を止めようとしない。

木の芽時、春先の陽気にあてられておかしくなった男女のひととき。